LIXINDU JAPAN

CASHMERE STORY

最高のカシミヤができるまで

本当に良い素材、本物の素材を求めてたどり着いた、内モンゴル。
そこで遊牧をしながら暮らす牧民たちと直接提携をし、カシミヤの原毛を仕入れています。
日本国内で、カシミヤを牧民から直接仕入れている会社は他にありません。
年に一度は、彼らに会うために必ず現地へ。北京か上海で乗り換えて、1日がかりで現地へたどり着きます。
今でこそ道路も信号もある現代の風景が広がる街ですが、20年前は牧場から出掛ける時の移動手段は騎馬しかなく、自然だけの場所でした。それが、15年ほどでみるみるうちに近代化。
毎年訪れるたびに、道路ができ、信号ができ、バイクや車が増え…街の様子は年々変わっていきました。

  • モンゴルの景色

    モンゴルの雄大な景色

  • 広大な大地でノビノビと育つカシミヤ山羊

    広大な大地でノビノビと育つカシミヤ山羊

そんな中でも遊牧民たちは、掘っ立て小屋をつくり、風力発電で電気をおこして生活をしています。
そして、昔と変わらない伝統的な方法でカシミヤ山羊を放牧し、育てています。
なぜなら、囲いの中でエサをあげて家畜化してしまうと、毛が太くなり、カシミヤの質が悪くなってしまうから。
最高級カシミヤの「細くて長い毛」 その品質を保つためには、遊牧をしながら育てることが大事なのです。
冬は零下30℃以下の寒さでエサも少ない…。
そんな厳しい環境下で、自然のものを食べて育ってこそ、品質の良いカシミヤが生まれます。
彼らが昔ながらの生活を守り続けることは、カシミヤの品質を守ることにつながっているのです。

  • カシミヤ山羊
  • カシミヤ糸

毛を刈り取るタイミングによっても、カシミヤの品質は大きく左右されます。
重要なのは、“春の間に刈り取る”こと。
春の時期を逃すと、フケが出るなど毛の質が落ちるので、質の良いカシミヤが取れません。
でも、内モンゴルに春が訪れるのは、ほんの一時だけ。5月のたった1週間ほどしか、春が来ないのです。
その短い春を逃さないよう、タイミングを見計らって毛を刈り取ります。
遊牧民の生活は、カシミヤ山羊とともにあります。
そんな彼らの生活があってこそ、私たちのクローゼットに届く最高品質のカシミヤ。
あなたのワードローブには、ぜひ本物の1枚を。
そしてその1枚を大切に、長く使ってほしい― それがわたしたちの願いです。

北モンゴルのカシミヤ物語

阿拉善カシミヤ物語

昔むかし、2000年前あるいはもっと昔から内モンゴル高原には様々な遊牧騎馬民族が住んでいました。
匈奴(きょうど)、鮮卑(せんぴ)、突厥(とっけつ)、モンゴル族、などのさまざまな騎馬民族が砂漠に囲まれたこのアラシャンの緑の大地をめぐり戦い、占領し、王朝や帝国を作ってきました。

夏と冬の寒暖差が60度以上で、砂漠化された過酷な高地ではラクダや馬が荷物や人々を運び、カシミヤ山羊や羊が時には食料になり、寒さを防ぐ衣服にもなりました。特にカシミヤ山羊のミルクは傷ついた兵士たちの身体を回復させる一番の栄養源でした。。。

今ではアラシャン高原の遊牧民のほとんどがモンゴル族です。
夏が近づき、短い春が終わらないうちに年1回の採毛に取り掛からなければなりません。モンゴル族のウチハラ父さんは、家族のように大切にしている山羊(ヤギ)の1匹1匹を膝に乗せ、手慣れた手つきで採毛の作業をします。
山羊たちも安心して身を任せ、夏毛になってスッキリした顔でした。
先祖代々の遊牧家で生まれ、カシミヤ山羊の牧民に嫁いできたシムク母さんは「360度広がる青い空と春には一斉に緑に芽吹く大地と大切に育てた山羊たちと、そして大好きな旦那さんといつまでもここで暮らしたい」
と、日に焼けた笑顔で答えてくれました。。。

2017,MAY 阿拉善左旗にて

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